「受験のこと、夫に相談しても『任せるよ』って。結局、全部私が決めるしかないんです」
中学受験は「親子の受験」と言われますが、実際には「母親の受験」になっている家庭が少なくありません。父親は経済面のサポート、母親は日常生活面のサポートという役割分担が暗黙の了解になっている場合があるのです。そのため、子どもと関わる時間が長い分、母親の方が思い詰めてしまいやすいのです。
夫婦間の温度差。これは、中学受験を経験した多くの家庭が直面する問題です。母親は毎日塾の送り迎えをして、お弁当を作って、宿題を管理して、模試の結果に一喜一憂している。でも夫は、仕事が忙しいという理由で、受験のことはほとんど妻任せであるケースも少なくありません。
「夫に模試の結果を見せても、『ふーん』って。私がどれだけ悩んで、どれだけ頑張ってるか、わかってもらえない。一人で抱え込んでいる気がして、つらくなります」
こうした孤立感は、決して大げさなものではありません。育児心理学の分野では、母親が一人で子育てや教育の責任を背負い込む状態を指す言葉があり、慢性的な疲労感や無力感につながりやすいことが知られています。特に中学受験のように、結果が数字としてはっきり見える競争的な環境では、その負担感が一層強まる傾向にあります。
でも、父親が無関心なわけではないのです。多くの場合、父親は「自分が口を出すとかえって混乱させる」と思って遠慮している、あるいは「教育のことは妻の方が詳しいから」と委ねているだけであることが多いです。悪意があるわけではなく、関わり方がわからないまま、結果として妻に任せきりになってしまっている、ということです。
夫婦の温度差を埋めるために、まず必要なのは「情報の共有」です。塾からのプリント、模試の結果、子どもの様子。それらを夫にも見せて、「一緒に考えてほしい」と伝えます。頭の中だけで抱えている悩みを、目に見える形で共有することが、最初の一歩になります。
中学受験特化塾はこのようにアドバイスをしています。「父親には父親にしかできない役割があります。たとえば、勉強以外のことで子どもとコミュニケーションをとる。休日に一緒に出かけたり、趣味の話をしたり。母親が勉強のサポートで必死になっている分、父親は子どもの息抜きの相手になることが大切です」
子どもにとっても、両親がそれぞれ違う形で関わってくれることには意味があります。勉強の進捗を管理してくれる母親と、勉強以外の話で笑い合える父親、その両方があることで、子どもは受験というプレッシャーの中でも、心のバランスを保ちやすくなるのです。
夫婦で役割を分担することは悪いことではありません。でも、母親だけに負担が偏りすぎると、母親が疲弊してしまいます。そして、その疲れは子どもにも伝わってしまうのです。母親の不安や苛立ちは、言葉にしなくても、表情や声のトーンから子どもに伝わってしまうものです。
たとえばこんな工夫をしている家庭があります。「週に一度、夫婦で『受験会議』をすることにしたんです。15分でいいから、今週の子どもの様子、来週の予定を共有します。夫も状況を把握できるし、私も一人じゃないって思えて、気持ちが楽になりました」
また別の家庭では、父親が「週末の勉強の丸つけ担当」になりました。「最初は嫌がってたんですけど、実際にやってみたら、子どもの理解度がわかって面白いって言うようになって。今では、子どもも『パパに見てもらう』って楽しみにしてます」
小さな役割からで構いません。丸つけ、送り迎え、休日の付き添い。「できることから」で十分なのです。夫婦の温度差で悩んでいるなら、まずは夫に「私、しんどい」と素直に伝えてみてください。「一人で抱え込むのがつらい。一緒に考えてほしい」と。我慢して黙っていても、相手には伝わりません。むしろ、言葉にすることで初めて、夫は「妻がそこまで大変な思いをしていた」と気づくことが多いのです。
具体的に何をすればいいかわからないと動けないことが多いので、「土曜日の送り迎えをお願いしたい」「週に一度、子どもと二人で出かけてほしい」と具体的に頼む。そうすることで、父親も受験に参加しやすくなります。
そして、夫が何かしてくれたら「ありがとう、助かった」と伝えてみてください。たとえ小さなことでも、認められればまたやろうという気持ちになります。逆に、やってもらって当たり前という態度では、せっかくの協力も長続きしません。小さな一歩を認め合うことで、夫婦で協力する体制が少しずつ整っていきます。
中学受験は、家族全員の挑戦です。母親だけが背負うものではありません。夫婦で協力し、時には祖父母の力も借りながら、みんなでサポートする。そんな温かい環境の中でこそ、子どもは安心して受験に向き合えるのです。
今夜、夫に「一緒に、この子を支えてほしい」と話してみませんか。その一言が、家族の受験を、母親一人の孤独な戦いから、家族みんなの挑戦へと変えていく第一歩になるはずです。
【プロフィール】熱海康太(あつみ・こうた)
一般社団法人日本未来教育研究機構 代表理事。大学卒業後、神奈川県内の公立学校、私立小学校で教壇に立つ。その後、民間教育研究所の主任研究員を経て、現職。即効性、再現性、持続性のある教育実践をSNSで発信し、教育関係者から支持を集める。全国10,000人以上の先生方に講演を行うなど、幅広く活動。著書に『こどもモヤモヤ解決BOOK~もふもふ動物に癒やされながら、みんなの悩みをスッキリさせる159のヒント~』(えほんの杜)、『こんなときどうする? 失敗&ハプニング立ち直り術: 5分でカイケツ道場シリーズ』(実務教育出版)、『学級通信にも使える!子どもに伝えたいお話100』『伝わり方が劇的に変わる!6つの声を意識した声かけ50』(東洋館出版社)など10冊以上の教育書を執筆。