第8回:受験やめたいと言われた日〜子どもの本音を聞く〜

「もう受験、やめたい」

その言葉を聞いたとき、頭が真っ白になりました。ここまで頑張ってきたのに。塾代だって、決して安くはありません。今さらやめるなんて、そんな言葉、受け入れられるはずがない。そう思う自分がいました。

でも、子どもの目には涙が浮かんでいました。声は震え、うつむいたまま、次の言葉が出てこない。その姿を見て、頭ごなしに叱ろうとしていた自分に気づかされました。

このように中学受験をやめたいと子どもが言い出す。それは決して珍しいことではありません。夏休みが明けたころ、模試の結果が思わしくなかったとき、志望校の判定が厳しくなったとき。塾を休みたがる、宿題をやらない、そして最後には「受験をやめたい」とはっきり口にする。こうしたトラブルに、多くの家庭が直面しています。むしろ、一度もこうした揺らぎを経験せずに本番を迎える子どものほうが、少ないのかもしれません。

そのとき、親としてどう対応すればいいのでしょうか。

最も大切なのは、頭ごなしに否定しないことです。「今さら何言ってるの!」「ここまでやってきたのに!」と言いたい気持ちはわかります。これまで積み重ねてきた時間や努力を思えば、動揺するのは当然のことです。でも、その言葉は子どもをさらに追い詰めてしまいます。子どもにとって「やめたい」と口にすることは、大きな勇気がいる行為です。それを頭ごなしに否定されると、子どもは「もう二度と本音を言わない」と心を閉ざしてしまいかねません。

まずは、子どもの話をじっくり聞く。「やめたい」という言葉の裏には、必ず理由があります。勉強がわからなくて苦しい、友達と遊べなくてさびしい、プレッシャーに押しつぶされそう、あるいは、ただ疲れがたまっているだけかもしれません。表面的な言葉だけをとらえて反応するのではなく、その本当の気持ちを引き出すことが先決です。

子どもの本音を引き出すには、「なぜ?」と問い詰めるのではなく、「どうしたの?」と寄り添う姿勢が大切です。「なぜやめたいの?」という問いかけは、理由を説明する責任を子どもに負わせ、詰問されているような圧迫感を与えてしまいます。一方で「どうしたの?」「最近、つらそうだけど、何かあった?」「話したいこと、ある?」という問いかけは、子どもの状態そのものを気にかけている、というメッセージになります。

そして、子どもが話し始めたら、途中で口を挟まずに最後まで聞く。「でもね」「だってね」という否定の言葉は封印して、「そうなんだね」「つらかったね」と受け止める。子どもの言葉をそのまま繰り返す相槌も効果的です。

子どもの話を聞いた後、すぐに解決策を提示する必要はありません。「そっか、そんなにつらかったんだね。ちょっと一緒に考えようか」と時間を置きます。焦らず、子どもの気持ちが落ち着くのを待ちましょう。大人でも、悩んでいるときにいきなり「こうすればいい」と提案されると、かえって心が閉じてしまうことがあります。

「やめたい」という言葉の意味は、本当にやめたいということではないことが多いです。それはSOSのサイン。「助けて」「つらい」「わかってほしい」というメッセージなのです。積み重なった疲れや不安、プレッシャーが限界に達したとき、子どもはそれを的確に言語化する力をまだ持っていません。だからこそ、いちばん身近な言葉である「やめたい」という形で、その苦しさを表現するのです。

もし、話を聞いた結果、本当に受験をやめることになったとしても、それは決して失敗ではありません。子どもの心が壊れてしまうよりも、ずっと大切なことがある。そう考えられることが、親としての成長なのかもしれません。受験を続けるか、やめるか。その決断そのものよりも、その決断に至るまでのプロセスで、子どもの気持ちにどれだけ寄り添えたか。そちらのほうが、はるかに重い意味を持ちます。

もちろん、子どもの話を聞くことは、親にとっても簡単なことではありません。不安を抱えながらも冷静に受け止めようとすること自体が、親としての大きな努力です。もし一人で抱えきれないと感じたときは、塾の先生やスクールカウンセラーなど、信頼できる人に相談することも大切な選択肢です。

中学受験は、合格することだけが目的ではありません。その過程で、子どもが何を学び、どう成長するか。困難にぶつかったときにどう乗り越えるか、あきらめずに取り組む力、自分の気持ちを言葉にする力。そうした、テストの点数には表れない力、いわゆる非認知能力こそが、この先の人生を支えていきます。そして親子の信頼関係が深まるか。それこそが、本当の価値なのです。

「やめたい」と言われたとき、それは、親子でじっくり向き合う、大切な機会なのかもしれません。その一言をきっかけに、子どもの本当の気持ちに気づき、寄り添うことができたなら、たとえ受験の結果がどうであれ、その経験は必ず親子の財産になるはずです。

【プロフィール】熱海康太(あつみ・こうた)

一般社団法人日本未来教育研究機構 代表理事。大学卒業後、神奈川県内の公立学校、私立小学校で教壇に立つ。その後、民間教育研究所の主任研究員を経て、現職。即効性、再現性、持続性のある教育実践をSNSで発信し、教育関係者から支持を集める。全国10,000人以上の先生方に講演を行うなど、幅広く活動。著書に『こどもモヤモヤ解決BOOK~もふもふ動物に癒やされながら、みんなの悩みをスッキリさせる159のヒント~』(えほんの杜)、『こんなときどうする? 失敗&ハプニング立ち直り術: 5分でカイケツ道場シリーズ』(実務教育出版)、『学級通信にも使える!子どもに伝えたいお話100』『伝わり方が劇的に変わる!6つの声を意識した声かけ50』(東洋館出版社)など10冊以上の教育書を執筆。

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