第5回:リビング学習か個室学習か

リビング学習と個室学習。どちらが良いのか。

中学受験を控えた家庭では、よく議論されるテーマです。教育の専門家の間でも意見は分かれますが、実は「どちらが正解」というものではありません。子どもの性格や家庭の状況によって、合う合わないがあるのです。

教育心理学の研究では、学習環境の「絶対的な正解」よりも、子ども一人ひとりの気質や認知特性に合った環境こそが大切だという知見が積み重なってきています。

リビング学習のメリットは、親が子どもの学習状況を自然に把握できることです。「今、算数やってるんだな」「集中してるな」と、様子を見ながら適度な距離でサポートできます。子どもの方も、わからないことがあればすぐに聞ける安心感があります。

この「安心感」は、近年注目されている「心理的安全性」という概念とも重なります。子どもは不安が少ない状態のとき、脳のワーキングメモリをより効率よく学習に使えるとされています。親の存在が「見張り」ではなく「安全基地」として機能するとき、子どもの集中力は自然と高まるのです。

ある母親はこう話します。「リビングで私が家事をしている音が聞こえる方が、安心して勉強できるみたい」。この感覚には科学的な裏づけもあります。「ホワイトノイズ」と呼ばれる生活音は、適度なレベルであれば集中力を妨げるどころか、むしろ学習効率を高めることがあると、複数の研究が示しています。シーンと静まり返った空間がかえって落ち着かないという子どもは、決して珍しくありません。

でも、デメリットもあります。テレビの音や兄弟姉妹の声、料理の匂い。誘惑も邪魔も多いのがリビングです。親や兄弟の方も、子どもが勉強している間は音に気を遣ったり、テレビを我慢したりと、ストレスを感じることもあります。特に注意が必要なのは、動画やゲームの音声です。人の声が聞こえると、脳は無意識にそちらへ注意を向けようとするため、テレビの音の中でも特にバラエティ番組やドラマの音声は、学習の妨げになりやすいと言われています。

一方、個室学習のメリットは、静かで集中できる環境が整うこと。自分のペースで勉強でき、気が散る要素が少ないです。特に、集中力が高いタイプの子どもには向いています。「息子は自分の部屋の方が合ってました。リビングだと、ついついテレビに目がいってしまって」と、別の母親は語ります。このような子どもは、外部からの刺激を遮断することで、深い集中状態に入りやすい気質を持っていると考えられます。

ただし、個室学習の難しさは、子どもの様子が見えないことです。本当に勉強しているのか、サボっていないか。つい心配になって様子を見に行ってしまい、それが子どもにとってストレスになることもあります。そして近年では、個室にスマートフォンやタブレットを持ち込むことによる学習時間の分断も深刻です。通知音一つで集中が途切れ、そこからSNSや動画に流れてしまいます。親の目が届かない個室では、デジタル端末の誘惑に抗い続けることは、大人でも簡単ではありません。

大切なのは、「うちの子には何が合うか」を見極めることです。

そして、それは一度決めたら変えられないものではありません。低学年のうちはリビングで、高学年になったら個室へ。あるいは、科目によって変える。曜日によって変える。柔軟に対応していいのです。ある家庭では、こんな工夫をしています。「基本はリビングで勉強させるけど、模試の前日とか、本当に集中したいときは自分の部屋を使っていいよって。選択肢を与えたら、子ども自身が状況に応じて選ぶようになりました」。この「選ぶ」という経験が、子どもの主体性を育てます。勉強の中身だけでなく、勉強する環境を自分で整える力も、立派な「学ぶ力」の一部なのです。

そして、環境設定で忘れてはいけないのが、スマホやタブレットの管理です。勉強中はリビングのケースに入れておき、終わってから使うというルールを作った家庭では、メリハリがついて集中力が上がったといいます。これはデジタル機器の「物理的な分離」という方法で、意志の力だけに頼らないという点で非常に理にかなっています。

スマートフォンが視界に入るだけで認知資源が消耗するという研究結果もあるほどで、「見えない場所に置く」だけで学習の質が変わることは少なくありません。タブレットを学習に使う場合も、学習アプリ以外の通知をオフにする、時間制限を設けるなど、環境側で制御する工夫が有効です。

「完璧な学習環境」を求めすぎる必要はありません。たとえば、リビングが多少散らかっていても、少し騒がしくても、それがスタイルになることがあります。大切なのは、子どもが「ここなら勉強できる」と感じられる場所を、一緒に見つけていくことなのです。そして、その場所は季節によって、学年によって、子どもの成長とともに変わっていくもの。変わることを恐れず、そのつど「今の我が子に合っているか」を問い直す柔軟さこそが、長い受験生活を伴走する親に必要な姿勢かもしれません。

【プロフィール】熱海康太(あつみ・こうた)

一般社団法人日本未来教育研究機構 代表理事。大学卒業後、神奈川県内の公立学校、私立小学校で教壇に立つ。その後、民間教育研究所の主任研究員を経て、現職。即効性、再現性、持続性のある教育実践をSNSで発信し、教育関係者から支持を集める。全国10,000人以上の先生方に講演を行うなど、幅広く活動。著書に『こどもモヤモヤ解決BOOK~もふもふ動物に癒やされながら、みんなの悩みをスッキリさせる159のヒント~』(えほんの杜)、『こんなときどうする? 失敗&ハプニング立ち直り術: 5分でカイケツ道場シリーズ』(実務教育出版)、『学級通信にも使える!子どもに伝えたいお話100』『伝わり方が劇的に変わる!6つの声を意識した声かけ50』(東洋館出版社)など10冊以上の教育書を執筆。

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