マーコウィッツのポートフォリオ理論
今回のテーマは、この2つの数学(“数学”とMath)の学びにおいて重要になる「学びのポートフォリオ」です。ポートフォリオとは、いろいろな資産の組み合わせのことです。
Aさんのポートフォリオ 65%が株式、33%が債券、2%が不動産
Bさんのポートフォリオ 56%が株式、19%が債券、25%が不動産
このように、いろいろな資産に分散して運用することで安定して資産を増やすことができます。ポートフォリオと言えば、米国の経済学者ハリー・マーコウィッツが有名です。
1990年のノーベル経済学賞はマーコウィッツの「資産運用の安全性を高めるための一般理論形成」に対して与えられました。その中身はMathにより記述されます。興味ある方は、Wikipedia「現代ポートフォリオ理論」(https://ja.wikipedia.org/wiki/現代ポートフォリオ理論)を覗いてみてください。経済学もMathに支えられていることが一目瞭然です。
現代の資産運用にはこのような高度なポートフォリオ理論が必要になりますが、「数学の学びのポートフォリオ」は誰にでも分かる内容です。
“数学”とMathのポートフォリオの考え方
極端なポートフォリオは次の場合です。差し当たり、割合(%)は単純に学びの時間と考えてみます。
ケース1“数学”=学校の数学・テストのための数学が100%、Mathが0%
ケース2“数学”=学校の数学・テストのための数学が0%、Mathが100%
進学するための“数学”と進学以外に役立つMath、これらをいかに両立させるか。
次の2つのケースを比べてみましょう。
ケース3“数学”=学校の数学・テストのための数学が70%、Mathが30%
ケース4“数学”=学校の数学・テストのための数学が50%、Mathが50%
この2つがどのように違うのかをイメージするのは容易ではありません。資産運用のポートフォリオがマーコウィッツによって理論化できるのは資産が数値化されるからです。
それに対して“数学”とMathではどうでしょうか。先に申しあげたように、学びの結果について、“数学”は数値化(点数化)できるのに対し、Mathは数値化できません。
ちなみに経済学では、測定して数値化できないものを「効用」として数値化できるものとして理論を組み立てていく考え方をします。
例えば、ダイヤモンドと水を購入した場合の「満足度」には違いがあるのは明らかです。「満足度」は測定する(数値化する)ことはできないけれど確かに存在します。そこで「満足度」を「効用」という数値化できるものとして取り扱うという考え方です。これにより経済学では数学が大活躍することになります。
数学の学びのポートフォリオを理論的に正確な分析をするのであれば経済学の考え方を適用することが考えられますが、とりあえず「満足度」のような数値化できないものとして考えていくことにします。
“数学”とMathのポートフォリオの実際
このように“数学”とMathのポートフォリオは、資産運用のそれのようにすべてを数値化した上で行うことはできません。学びの最中はざっくりした配分を実感することになります。小・中・高の最終学年ではケース1、それ以外の学年ではケース3やケース4といった具合です。
では、ケース1(小・中・高の最終学年)では、受験勉強に専念するため“数学”が100%、Mathが0%は本当に額面通りの数値なのかといえばそう単純なものではないでしょう。
筆者は今年で10回目となる算数・数学の自由研究作品コンクール(Rimse主催)の中央審査委員の1人です。小学1年生から高校3年生まで1万を超える作品(第9回は17,429件)が集まります。ここで実践されている数学が“数学”ではなくMathです。
最終学年の応募がその他の学年に比べて極端に少ないわけではありません。つまり、“数学”とMathの学びは互いに排他的ではなく、同時的・共存的に進行していくということです。
“数学”とMathのポートフォリオを決めるもの
資産運用の場合は資産を最大にすることを目的にポートフォリオを決めます。では、“数学”とMathの学びにおいては、何を基準にポートフォリオを決めればいいのでしょうか。
その一つにMathを学ぶ目的があります。“数学”は進学のためですが、Mathの目的は十人十色です。これからMathの目的を掘り下げて紹介していきますが、Mathの目的の如何では進学先にも影響を及ぼすことが考えられます。
人によっては“数学”の比重を大きくして偏差値の大きい学校に行くよりも、“数学”の比重はそこそこに、Mathの比重を下げないポートフォリオを選択するかもしれません。
仮に偏差値の大きい大学でMathを学びたいと思う人でも、人によってポートフォリオは変わってくるでしょう。つまりその人の能力・実力によっても“数学”とMathのポートフォリオは変わるということです。
数値化できる資産運用のポートフォリオと数値化できない“数学”とMathのポートフォリオ、どちらにも人生を豊かにするという同じ目的があります。
私たちは“数学”に対して、点数というリアリティを十分に持ち合わせていますが、Mathに対してのリアリティは極端に小さいです。次回はMathのリアリティに迫っていきます。
執筆者プロフィール
桜井 進(さくらい すすむ)
1968年山形県東根市生まれ。サイエンスナビゲーターⓇ。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。東京理科大学大学院非常講師。東京工業大学理学部数学科卒。同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。小学生からお年寄りまで、誰でも楽しめて体験できる数学エンターテイメントは日本全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など多くのメディアに出演。著書に『雪月花の数学』『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。
桜井進WebSite