第8回 世界を数学に翻訳する力 世界は数学でできている。

数学は見えない存在

これまでの連載で何度も申しあげてきたことが「数学は目に見えない存在」。これ自体すぐに分かることではないので何度でも言います。私たちの心も見えない存在です。見えない心の有り様を人に伝えるために言葉が存在します。

心の中にある喜怒哀楽といった感情や合理的・論理的思考といったものは言葉──音声・文字──にしてはじめて他人に伝えることができます。

言葉がないと自分の気持ちを他人に伝えることも、ましてや分かってもらうことはできません。言葉を持つことは私にとって極めて重要なことです。情緒不安定な人に言葉をたくさん覚えさせることで改善するのもこのためです。

「数学は言葉である」とはよく耳にする言葉です。筆者に言わせると、これは半分だけ本当です。数学は言葉以上に大きな存在です。まさに心のごとくです。人間同士をつなぐ存在として言葉は機能しています。数学は○○という世界と人間をつなぐ役割も果たすことができるのでその意味では数学は言葉だと言えます。

朝目覚めて手にする新聞やテレビのニュース記事には、AIが経済に与える影響が伝えられています。通勤通学のために使う電車の経路検索、電車の中では乗客は新聞に代わりスマホを手にしてのぞき込んでいます。いつでもどこでも欲しいと思ったものはインターネットで検索・注文・決済ができ次の日には自宅に商品は届けられます。夜のニュースでは、台風の針路予想、新しいブラックホール発見が伝えられていました。

これらすべての事柄を支えるのが数学であり、数学をベースにつくられた技術です。でも、すべてのサービスに数学がどう関わっているのか・使われているのかは多くの人にとってはブラックボックスです。

世界は数学でできている。と言われてもピンとくる人は少ないでしょう。数学は目に見えない存在だからです。しかし、数学が見える人もいます。彼らがAI、経路検索、ネット通販を数学をつかってデザインし、経済学や数理気象学そしてブラックホール宇宙物理学といった学問をハンドリングしてきました。

○○世界を数学に翻訳するということ

世界は数学でできている。とすれば○○にはほとんどが入ることになります。筆者の連載「人を数学する」シリーズでは、人生、人間の感覚、人口、戦争、うわさ、そして恋愛まで数学で説明できることを紹介しました。

これらはモデリングの実例です。現実の現象を解明することは容易なことではありません。物理学や工学といったモノを単位を使って測れる世界はある意味特殊です。人間の感覚や恋愛だけでなく身のまわりの多くの現象は測ることができない代物です。

測れないことを「数」や「代数」に置き換えて現象の仕組みを「関数」を用いて定式化するのがモデリングです。測れないことでもひとたび「数」や「代数」に置き換えた瞬間に、○○世界は計算が可能になり様々な分析そして推測・予測といったシミュレーションが可能になります。

様々な○○世界を数学に翻訳するとは、○○世界を数学世界に置き換えることと言い換えることができます。はたして、シミュレーションの結果は現実世界で試されます。例えば、近年進歩がめざましい気象予測は、気候を数理モデルで再現する長年に渡る研究が、コンピューターの急速な発展と相まって進化しました。そのモデルは全球気候モデルや大気大循環モデルと呼ばれています。地球の気候という世界を数学世界に置き換えたことで成功した例です。

○○世界(現実世界) → 数学世界(イデア・抽象世界) → 計算・分析・予測 → ○○世界(現実世界)

数学という技術

〇〇世界を数学世界に置き換えると、なぜ推測・予測といったシミュレーションになるのでしょうか。その最たるものが微分積分学(カリキュラス)です。運動(時間軸を入れたグラフは曲線になる)をいかに分析するかという大問題は古代ギリシャ時代から考えられてきました。

天体の運動をはじめ原子の世界に至るまで、世界は運動によってできていると言えます。曲線を無限に分割して分析するのが微分法です。そして刻々と変化する量の合計を求めるのが積分法です。

曲線を無限に分割した無限のものをたし算することなど現実世界は不可能です。しかし、数学世界では可能になります。点は大きさがなく位置がある存在、直線は幅がなく長さがある存在、面は厚みがなく面積がある存在として考えます。これをイデアの存在と言います。

数もイデアの存在です。【連載:数学と言葉】第2回 数の言葉使いその2 数と数字のちがい説明できますか参照してください。

このような現実世界では実現不可能なことでも数学世界では可能になります。微分積分学のおかげで天体の運動が説明できて、AI(人工知能)がデザインされています。まさに数学とは技術でありマジックです。

「数学が何に役立つのか?」を越えて

微分積分学をはじめとする数学を数学としてだけ学ぶなんて!微分や積分の計算ができることは受験数学には役立ちますが、その後が続かなくなるのがオチです。

とは言え、数学を学ぶ際に計算ができるようになることは学び続けるために必要なことです。理論を知っても計算できないのであれば絵にかいた餅です。

よく議論される「数学が何に役立つのか?」問題ですが、本連載第5回 数学のリアリティ 受験“数学”でない数学(Math)の力の中で「役立つこと」は言葉は簡単でもその実難しいことを指摘しました。

結果としては数学は役立ちます。だからといって「数学は役立つから勉強しましょう」は訴求力を持ちません。数学とは何か?という大きな・根源的な問いかけを通して、数学を深く理解することが大切です。学ぶ人の知性(インテリジェンス)に数学が突き刺さるからです。

実に多くの〇〇世界が数学世界に翻訳できること、それ自体が興味・関心を引くことにつながります。数学は自分には関係ないと思っている人でも、○○にはその人が興味ある世界が必ずあります。

一見数学とは関係ないような○○世界がなぜ数学と結びつくのか、と興味・関心が湧いてくる人もいるでしょう。そこを探っていくと、イデアの数学世界と技術としての数学という教科書には書かれていない数学の素顔との出会いが待ち受けています。

執筆者プロフィール

桜井 進(さくらい すすむ)

1968年山形県東根市生まれ。サイエンスナビゲーターⓇ。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。東京理科大学大学院非常講師。東京工業大学理学部数学科卒。同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。小学生からお年寄りまで、誰でも楽しめて体験できる数学エンターテイメントは日本全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など多くのメディアに出演。著書に『雪月花の数学』『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。
桜井進WebSite

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