【連載:数学と言葉】第3回 論理の言葉使いその1「かつ」と「または」

日常の「または」は「どちらか一方だけ」

日常での「または」の意味を2つの例文から考えてみます。

【接種会場にて】「ファイザー社またはモデルナ社のワクチンが接種ができます」
【役所にて】「証明書を発行するには、マイカードまたは運転免許証を提出してください」

どちらの場面でも、「どっちにしようかしら」と思う人がほとんどです。つまり、日常の「または」は「どちらか一方だけ」の意味で使われています。

ところが中には「なら、わたしは両方を」と言い出す“変わった人”がいるかもしれません。
接種会場では「ダメです。どちらか一方だけです!」と言い返されるでしょう。役所でも「どちらか一方でいいですよ」と言われるケースがほとんどでしょう。

“変わった人”に理由をきけば「だって、『または』でしょ。『または』は『両方』を含むんです。数学の集合でそう習いましたもの」だって。受付の人が数学をよく理解している人ならば頷いてくれるかもしれませんが、ほとんどの場合「この人何言ってんだろう?」と怪訝な顔をされるのがオチです。

日常での「または」は「どちらか一方だけ」と解釈し、数学の試験問題文中の「または」は「少なくともどちらか一方」と解釈し、使い分けられるのが常識人です。

使い分けられない──常識がない人を“変わった人”と呼んだのです。

ところで、役所の窓口ではマイカードと運転免許証の両方提出されても何も言われずに通る場合もあり得ます。この場合の「または」は結果として「少なくともどちらか一方」という意味に解釈されたことになります。

つまり日常の「または」には「どちらか一方だけ」(基本)と「少なくともどちらか一方」(まれに)の両方の意味があることになります。数学の議論ではこれでは困るので「または」の解釈は統一されています。

日常の言葉は意味にあいまいさを持たせること、数学では意味を統一することで、どちらもコミュニケーションがスムーズになるというわけです。

“変わった人”への対応方法

ちなみに、日常の「または」すなわち「どちらか一方だけ」は数学でも定義されています。「排他的または(exclusive or)」と呼ばれ、「または(or)」ときちんと区別されています。

もし、窓口で「または」には「両方も」が含まれると主張してくる“変わった人”に遭遇した場合には、「お客様、それは『排他的または』のことをおっしゃっているのではありませんか。おそれいりますが、ここでの『または』は『排他的または』ではない『または』すなわち『どちらか一方だけ』をお使いいただけますでしょうか」と対応すれば険悪な雰囲気にならずにすむでしょう。

日常で「または」の意味をすこしだけ意識して使ってみましょう

これから日常生活の中で「または」を使う場合には、「どちらか一方だけ」と「(両方を含む)少なくともどちらか一方」を意識してみましょう。場合によっては「または」ではなく「どちらか一方だけ」と言い換えて使った方が相手に正確に伝わり、無駄な誤解を与えずにすみます。

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執筆者プロフィール

桜井 進(さくらい すすむ)

1968年山形県東根市生まれ。サイエンスナビゲーターⓇ。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。東京理科大学大学院非常講師。東京工業大学理学部数学科卒。同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。小学生からお年寄りまで、誰でも楽しめて体験できる数学エンターテイメントは日本全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など多くのメディアに出演。著書に『雪月花の数学』『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。
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